浄土真宗本願寺派 西方寺

縁起Engi

縁由

西方寺は天正二年(1574年)真教法師により、現在の兵庫県養父市進美山に、天台宗として創立され、羽柴筑前守秀吉公より、三石六斗の付与ありと御朱印が残されている。
天正・文禄・慶長年間(~1615年)まで同山上に存在。
元和二年(1616年)豊岡市出石町弘原の福成寺山内に移転、浄土真宗に改宗する。この時、本願寺十代証如上人裏書の本尊授与があり、西方寺開基佛として奉持する。
元和六年(1620年)九月、本願寺より阿弥陀如来木像(渡辺康雲作)が下付され、これを本尊として奉持する。
明暦三年(1657年)釋西導住職時、現在地(豊岡市出石町宵田69番地)に移転する。
正徳五年(1715年)四月、本願寺より寺号許可。
明治九年(1876年)三月二十六日の、出石大火により全焼。
明治四十二年(1909年)十一月、豊岡市但東町唐川より現在の本堂を移築再建して、以来浄土真宗の聞法の場として、大正・昭和と引き継がれる。
平成九年(1997年)前住職釋信了から、十七代住職として釋哲也が法灯を継ぎ現在に至る。
さらに平成二十五年(2013年)から『倉敷開教センター』の建物をお借りして、西方寺住職が専従員として倉敷地区で活動を始める。
平成三十年(2018年)三月に『倉敷開教センター』の名称から、『西方寺』として新たに出発し、豊岡市出石町と倉敷地区で浄土真宗の布教活動を行っている。

※写真の碑文を現代語に書き換え、加筆をしています。